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しゃよう
斜陽
「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页
「荻窪ですの。駅の前の、白石というおでんやさんへおいでになれば、たいてい、行く先がおわかりかと思います」
私は飛び立つ思いで、
「あ、そうですか」
「あら、おはきものが」
すすめられて私は、玄関の内へはいり、式台に坐らせてもらい、奥さまから、軽便鼻緒とでもいうのかしら、鼻緒の切れた時に手軽に繕うことの出来る革の仕掛紐をいただいて、下駄を直して、そのあいだに奥さまは、蝋燭をともして玄関に持って来て下さったりしながら、
「あいにく、電球が二つとも切れてしまいまして、このごろの電球は馬鹿高い上に切れ易くていけませんわね、主人がいると買ってもらえるんですけど、ゆうべも、おとといの晩も帰ってまいりませんので、私どもは、これで三晩、無一文の早寝ですのよ」
などと、しんからのんきそうに笑っておっしゃる。奥さまのうしろには、十二、三歳の眼の大きな、めったに人になつかないような感じのほっそりした女のお子さんが立っている。
敵。私はそう思わないけれども、しかし、この奥さまとお子さんは、いつかは私を敵と思って憎む事があるに違いないのだ。それを考えたら、私の恋も、一時にさめ果てたような気持になって、下駄の鼻緒をすげかえ、立ってはたはたと手を打ち合せて両手のよごれを払い落しながら、わびしさが猛然と身のまわりに押し寄せて来る気配に堪えかね