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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

「お母さま、おいでなさる?」

と私がたずねると、

「だって、お願いしていたのだもの」

と、とてもたまらなく淋しそうに笑っておっしゃった。

翌る日、もとの運転手の松山さんにお伴をたのんで、お母さまは、お昼すこし過ぎにおでかけになり、夜の八時頃、松山さんに送られてお帰りになった。

「きめましたよ」

かず子のお部屋へはいって来て、かず子の机に手をついてそのまま崩れるようにお坐りになり、そう一言おっしゃった。

「きめたって、何を?」

「全部」

「だって」

と私はおどろき、

「どんなお家だか、見もしないうちに、……」

お母さまは机の上に片肘を立て、額に軽くお手を当て、小さい溜息をおつきになり、

「和田の叔父さまが、いい所だとおっしゃるのだもの。私は、このまま、眼をつぶってそのお家へ移って行っても、いいような気がする」

とおっしゃってお顔を挙げて、かすかにお笑いになった。そのお顔は、少しやつれて、美しかった。

「そうね」

と私も、お母さまの和田の叔父さまに対する信頼心の美しさに負けて、合槌を打ち、

「それでは、かず子も眼をつぶるわ」

二人で声を立てて笑ったけれども、笑ったあとが、すごく淋しくなった。