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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

その夜、お蒲団はもう荷造りをすましてしまったので、お君は二階の洋間のソファに、お母さまと私は、お母さまのお部屋に、お隣りからお借りした一組のお蒲団をひいて、二人一緒にやすんだ。

お母さまは、おや? と思ったくらいに老けた弱々しいお声で、

「かず子がいるから、かず子がいてくれるから、私は伊豆へ行くのですよ。かず子がいてくれるから」

と意外な事をおっしゃった。

私は、どきんとして、

「かず子がいなかったら?」

と思わずたずねた。

お母さまは、急にお泣きになって、

「死んだほうがよいのです。お父さまの亡くなったこの家で、お母さまも、死んでしまいたいのよ」

と、とぎれとぎれにおっしゃって、いよいよはげしくお泣きになった。

お母さまは、今まで私に向って一度だってこんな弱音をおっしゃった事が無かったし、また、こんなに烈しくお泣きになっているところを私に見せた事も無かった。お父上がお亡くなりになった時も、また私がお嫁に行く時も、そして赤ちゃんをおなかにいれてお母さまの許へ帰って来た時も、そして、赤ちゃんが病院で死んで生れた時も、それから私が病気になって寝込んでしまった時も、また、直治が悪い事をした時も、お母さまは、決してこんなお弱い態度をお見せになりはしなかった。