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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

戦争中の、たのしい記憶は、たったそれ一つきり。思えば、戦争なんて、つまらないものだった。

昨年は、何も無かった。

一昨年は、何も無かった。

その前のとしも、何も無かった。

そんな面白い詩が、終戦直後の或る新聞に載っていたが、本当に、いま思い出してみても、さまざまの事があったような気がしながら、やはり、何も無かったと同じ様な気もする。私は、戦争の追憶は語るのも、聞くのも、いやだ。人がたくさん死んだのに、それでも陳腐で退屈だ。けれども、私は、やはり自分勝手なのであろうか。私が徴用されて地下足袋をはき、ヨイトマケをやらされた時の事だけは、そんなに陳腐だとも思えない。ずいぶんいやな思いもしたが、しかし、私はあのヨイトマケのおかげで、すっかりからだが丈夫になり、いまでも私は、いよいよ生活に困ったら、ヨイトマケをやって生きて行こうと思う事があるくらいなのだ。

戦局がそろそろ絶望になって来た頃、軍服みたいなものを着た男が、西片町のお家へやって来て、私に徴用の紙と、それから労働の日割を書いた紙を渡した。日割の紙を見ると、私はその翌日から一日置きに立川の奥の山へかよわなければならなくなっていたので、思わず私の眼から涙があふれた。