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しゃよう

斜陽

太宰 治

「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页

青空文庫

しみじみ、いいお母さまだと思うと同時に、こんないいお母さまを、私と直治と二人でいじめて、困らせ弱らせ、いまに死なせてしまうのではなかろうかと、ふうっとたまらない恐怖と心配の雲が胸に湧いて、あれこれ思いをめぐらせばめぐらすほど、前途にとてもおそろしい、悪い事ばかり予想せられ、もう、とても、生きておられないくらいに不安になり、指先の力も抜けて、編棒を膝に置き、大きい溜息をついて、顔を仰向け眼をつぶって、

「お母さま」

と思わず言った。

お母さまは、お座敷の隅の机によりかかって、ご本を読んでいらしたのだが、

「はい?」

と、不審そうに返事をなさった。

私は、まごつき、それから、ことさらに大声で、

「とうとう薔薇が咲きました。お母さま、ご存じだった? 私は、いま気がついた。とうとう咲いたわ」

お座敷のお縁側のすぐ前の薔薇。それは、和田の叔父さまが、むかし、フランスだかイギリスだか、ちょっと忘れたけれど、とにかく遠いところからお持帰りになった薔薇で、二、三箇月前に、叔父さまが、この山荘の庭に移し植えて下さった薔薇である。けさそれが、やっと一つ咲いたのを、私はちゃんと知っていたのだけれども、てれ隠しに、たったいま気づいたみたいに大げさに騒いで見せたのである。