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しゃよう
斜陽
「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页
お母さまは、ただ幽かにお笑いになった。
「そいつあ、きっと、心理的なものなんだ。夜、口をあいておやすみになるんでしょう。だらしがない。マスクをなさい。ガーゼにリバノール液でもひたして、それをマスクの中にいれて置くといい」
私はそれを聞いて噴き出し、
「それは、何療法っていうの?」
「美学療法っていうんだ」
「でも、お母さまは、マスクなんか、きっとおきらいよ」
お母さまは、マスクに限らず、眼帯でも、眼鏡でも、お顔にそんなものを附ける事は大きらいだった筈である。
「ねえ、お母さま。マスクをなさる?」
と私がおたずねしたら、
「致します」
とまじめに低くお答えになったので、私は、はっとした。直治の言う事なら、なんでも信じて従おうと思っていらっしゃるらしい。
私が朝食の後に、さっき直治が言ったとおりに、ガーゼにリバノール液をひたしなどして、マスクを作り、お母さまのところに持って行ったら、お母さまは、黙って受け取り、おやすみになったままで、マスクの紐を両方のお耳に素直におかけになり、そのさまが、本当にもう幼い童女のようで、私には悲しく思われた。
お昼すぎに、直治は、東京のお友達や、文学のほうの師匠さんなどに逢わなければならぬと言って背広に着換え、お母さまから、二千円もらって東京へ出かけて行ってしまった。