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しゃよう
斜陽
「新潮 第四十四巻第七号~第十号」1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 89,822 字 · 176 页
それっきり、もう十日ちかくなるのだけれども、直治は、帰って来ないのだ。そうして、お母さまは、毎日マスクをなさって、直治を待っていらっしゃる。
「リバノールって、いい薬なのね。このマスクをかけていると、舌の痛みが消えてしまうのですよ」
と、笑いながらおっしゃったけれども、私には、お母さまが嘘をついていらっしゃるように思われてならないのだ。もう大丈夫、とおっしゃって、いまは起きていらっしゃるけれども、食慾はやっぱりあまり無い御様子だし、口数もめっきり少く、とても私は気がかりで、直治はまあ、東京で何をしているのだろう、あの小説家の上原さんなんかと一緒に東京中を遊びまわって、東京の狂気の渦に巻き込まれているのにちがいない、と思えば思うほど、苦しくつらくなり、お母さまに、だしぬけに薔薇の事など報告して、そうして、子供が無いからよ、なんて自分にも思いがけなかったへんな事を口走って、いよいよ、いけなくなるばかりで、
「あ」
と言って立ち上り、さて、どこへも行くところが無く、身一つをもてあまして、ふらふら階段をのぼって行って、二階の洋間にはいってみた。
ここは、こんど直治の部屋になる筈で、四、五日前に私が、お母さまと相談して、下の農家の中井さんにお手伝いをたのみ、直治の洋服箪笥や机や本箱、また、蔵書やノートブックなど一ぱい