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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
03 第三分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 185,353 字 · 371 页
鷹仲間の同じ趣味の公卿などへそのことばが云い伝えられたとみえる。
後に、それを聞いた、京都の人たちの間では、
「尾濃二ヵ国を得るのに、十年もかかった信長が、天下に志のあるようなことをいうたそうだが、二ヵ国十年の割で行ったら、いったい何十年後のことになるやら。――いやその前に、自分が十万億土へ旅立たねばよいが」
と、一頻りに、堂上間の笑いばなしになったという。
何ぞ知らん――。わずかそれから三年後には、京都の足利義昭将軍は、もう信長を頼らなければならなくなっていた。
けれど。
信長のことしあたりの生活を身近に見ている者でも、嗤う方がほんとの気がした。――天馬空を行くような、希望への駈足は、すこしも見えない。
むしろ、岐阜城へすわってからは、寛々たる春日を送っていた。以前のように、鷹狩やまた、夜の踊などには出かけないが、いつも君側は静かである。
晩春――
花は、おぼろ月の大廂から、彼の居眠る脇息の近くまで散りこんできた。
「……あ。そうだ」
何を思い出したか、急に彼は一書をしたためて洲股へ使者をやった。
近頃、藤吉郎も一城の守将となって、常に、呼べばいつでもハイと答えるところにいないのは、信長にもやや淋しいふうであった。