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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

彼が五十余年のきょうまでの生涯に、若くしてはたくさんな女性にもあい、けわしい世を、滅亡の武人から貧しい漂泊の一絵師へと生を求め、さまざまな人間と世路の経験を経つつ、自然の中に養ってきた物を観る眼との――その画家的な眼をもって、彼は正直に驚いたのである。

「禅尼さま。わたくしがいたします」

彼女は、松琴尼が立ちかけるのを見て、あわてて自分が代って奥へかくれた。お客への茶と気がついてである。

友松はなお、その姿を見送りながら、

「禅尼どの。あのひとはあなたのお妹か、身寄りの御息女でもあるのですか」

「よく、そう訊ねられますが、妹でも姪でもありませぬ。もっとも、わたくしどもの親の代から、亡くなった兄も親しゅうしていた家の御息女ではありますが」

「そうですか。あの年頃のおとめにしては、よほど頭脳もすぐれていますな。源氏の訓みを聞いていても、句点のきりめ、ことばと地の文章との読みわけかたなど、感心しました。そこはかとなく、源氏の香気や情景をあのように、聞く者に感じさせるには、それが充分に、読み手自身に分っているのでなければできないことだ。……いずれ、由ある家がらに生れ、よい環境のもとに、都で教養なされたのでおざろう」