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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

去就

「やっぱりそうでござらっしゃったか。お館のお姫さんは、一年の余もどこへ隠れておしまいなすったずらと、里の衆がよう折々お噂しておりますだに」

ふるさとの人々には、この地方の豪族として古かった小野政秀の在りし時代が、なお根づよく記憶にあるらしかった。けれど彼女は、その父を知らない。母のおもかげもいと淡かった。憶えているのは、むかし自分が生れたという所の、城づくりのような石垣と焼け亡んでいる屋敷址の濠だけだった。ふるさとといっても、彼女には、さして深いなつかしさも執着もない。

ただ預けられた松琴尼の許から離れては、さしずめ帰る所もないので帰って来たにすぎない。そしてそのあとは、むかしの乳母の家しかなかった。

去就

木曾川の上流は、犬山城の根を洗って、長流の下ること十里、また一つの城を南岸に見てながれる。

尾張領葉栗郡の黒田ノ城である。

城の内に起居している人々はすべて先月以来、非常態勢につき、戦時生活をしていた。

城主の沢井左衛門雄重のまわりは、つねに甲冑の人々でつつまれていた。

「会うて四の五を聞くのもうるさい。説客というやつは、どこの使いでも、弁舌の士ときまっていて、かならずうまいことをいう。