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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
ぶるる、と強く首を振って、瞬間、真面目なひとみを耀かした。そして、一どに醒めたような酒気の名残の底でひそかに思う。――こんな天女を野末に迷わせておかないでも、おれの女房に持つことはできないものか。持って不思議はないではないかと。
そこで彼は彼女の希望を釣り糸に仕掛けた。おふくろがいては口うるさい。ちょっと話があるから外へ出て欲しい。なアに、あなたは旧主のおひい様だ。ばあやに気がねなんかいるもんか。外はおぼろ月、夜桜の下で、とっくり相談を聞こう――といったふうにである。
於通が、その口車にのせられて、のら息子と一緒に戸口へ出たので、お沢は、はだしになって土間へとび降り、その袖をとらえて引きとめたが、
「うるせえなあ。籠の鳥じゃアあるめえし、こんなに大きくなったおひい様を、自分の思う通りにしておこうたッて、やきもきするおふくろが無理というもんだ。――年寄は先に寝ていねえ。すぐ帰って来るからな」
無理に、お沢の手を彼女の袖からもぎ離して、三蔵は、外から戸を閉めてしまった。
「……あ。追ッて来やがった。於通さま、駈け出そう」
どこへとも訊くひまもなく、ただ三蔵が走るために、彼女も走った。