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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

(彼が肚は?)

と、秀吉の方でも観ていよう。

(さても筑前という者は)

と、家康もまた刮目しているにちがいない。

そしてこの両者の間は、ここ久しく、音信も絶えていた。双方、ヘタな打つ手は休むに似たり――と無外交の空間に推移を委しておいたものといえよう。――が、それは例の無為無策のことではない。既成的事実をもってそれを示してゆく秀吉の“位押し”と、黙々と先ず自己の陣営をかためている肚芸のかねあいにあった期間なのである。

しかし、この無表情の持続は、やがて家康の方から外交形式をとって動いて来た。

秀吉が京都へ帰還してからやがて間もないうちにである。それは五月二十一日のこと。徳川家第一の宿将、石川伯耆守数正は、家康の旨を帯びて、山崎宝寺城に秀吉を訪い、

「このたび、柳ヶ瀬表の御大捷は、まこと天下の治、定まるの日到来と、主人家康も、御同慶の至りにたえず、かくは微臣に仰せ遣わされ、御祝のため、罷り越えてござる」

と、披露厳かに、銘“初花”の茶入れを献じた。

初花の茶入れは、夙に天下に鳴っている銘品だった。からもの肩衝で、これが東山義政の手に入ったとき、義政がよろこびの余り「くれなゐの初花染めの色深く思ひし心我れ忘れめや」