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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

(小さかしい女童め。なにをいうか)

と、於通の唇もとを、睨めすえたが、於通は、生まれつきな叡智に澄んでいる眼を、よけいに澄まして、

(ほんとに、似ていらっしゃる)

と、いわぬばかりに、なお、じっと、秀吉の顔を見てばかりいた。

秀吉は、ひそかに、かれの体験にない、おそれを抱いた。

かれは、自分の視力というものに、由来、非常な自信をもっている。

いかなる現下の梟雄でも、手におえない豪傑たちでも、かれと談笑のうちに、ふと、眼をカチ合わせるときは、十人が十人とも、その視線を、横にそらすか、伏せるかして、よく秀吉の正視に耐えて、長く、ひとみを射返し得る者はすくない。

信長の亡きあと、かれの眸の威は、清洲会議でも、満座を圧し、山崎、賤ヶ嶽の合戦でも、柴田、滝川の輩をまったく射すくめて来たものだった。――そして、きょう、ここにまた――東海の惑星といわれ、天下の大器とも視られて、秀吉にとっても、このさき第一のやっかい者と考えられている徳川家康の大軍と、伊勢一円の北畠信雄の兵力、あわせて六万余の陣する小牧山の敵塁にたいしても、かれは、

(――家康、何かあらん)

と、心のうちは、どうあろうと、すくなくも、その眼は、敵を呑むの概をもって、らんらんたるかれの生命力、戦闘力を、たたえているものであった。