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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

「三左。何としたことだろう?」

「兄上。お退きなさい。もう、危険です」

「ばかをいえ。勝入の子ともある者が」

「でも、この敗色が立っては、もはや、味方の逃げ足を止めるすべはありません」

ふたりは、あたりを見まわして、寥々たる味方の影に、歯がみをして、死地はここ、死すは今、と観念した。

兄弟のまわりには、梶浦兵七郎、片桐与三郎、千田主人、秋田加兵衛などの八、九人しか見えなかった。

「長吉は、如何した? 長吉は?」

と、兄弟おもいの之助は、ことし十五になる幼い末弟のすがたが見えないので、だれにともなく、こう口走った。

だが、乱軍の中、たれも、知る者はなく、その安否も聞かないうち、またも一群の敵の騎馬兵が、怒濤の一呑みを示してここへ向って来るのを迎えた。

「お二方は、お退きなされい。しんがりは、われわれに、おまかせあって」

旗本たちは、槍ぶすまを作って、防ぎに当ったが、勝ちほこっている精鋭の騎馬隊にたいし、若い主将ふたりの一命を庇おうとする敗残の数士では、まるで戦闘にならなかった。

片桐与三郎、千田主水など、あっというまに、枕をならべて仆れ、岩越次郎左衛門や秋田加兵衛も、たたかいたたかい、血けむりの叫喚のなかに姿を没し去った。