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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

けれどその槍がまだ地へ落ちないうちに、流弾のため、どうと仆れて、かれの体も、急な崖をゴロゴロころがって行った。

一方、兄にわかれた三左衛門輝政も、

「父上の安否も知れぬうちに、戦場を退けようか。父上は? 兄上は?」

と、潰乱する味方の流れから駈けもどって、どうしても、退かなかったが、そのうちに、勝入の老臣、伴道雲が、来あわせて、

「いや大殿には、矢田川の方へ、はやお立ちのきです。そのお姿を、道雲も、お見かけ申してござる」

と、時にとっての機智で、こう止めたので、輝政も、

「父上が御無事ならば」

と、ついに駒を回して、敗走する味方のあとから、共に、逃げ落ちて行った。

――もう、負けいくさ。

と、闘志を失った池田の士卒は、三々五々、田のあぜ、山の小道、林や湿地のあいだなど、道をえらばず、潰走していた。――その思い思いな人間の流れは、やがて、みな矢田川の岸へ出た。

その中に、勝入の側臣、池田丹後守もまじっていた。これは早退きして来たものとみえ、傷手もすくない士卒を四、五十人もつれて、ぞろぞろと逃げていた。

すると、あとから、

「池田丹後よな。丹後、返せッ」

と、ただ一騎で、田の道を、追いしたって来た徳川家の荒武者がある。