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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

と諸将もうたがい、秀吉も沈黙していると、さきに長久手へ向けた木村、一柳、堀尾などが、駈けもどって来て、

「敵のツナギ城小幡へさして、家康以下の主力はすでにひきあげました。われらは、小幡へ駈けおくれた敵のこぼれに出会ったのみで、せめて、もう半刻も早かりせば――と、残念ながら立ちもどりました」

と、口々にいう。

それでも、約三百人の徳川兵を、打つには打ったものの、目ぼしい将は、その中にいなかった。

「おそかったか」

と、秀吉は、やり場のない怒気を、あきらかに、面に燃やした。天野、小坂の物見の復命も、

「小幡の城は、かたく城門をとじ、もはや、もの静かに見うけられました」

と、家康がそこに引き取って、悠々と、きょうの勝ち軍を味わい、身をやすめている様を、証言した。

秀吉は、複雑な感情のうちに、おもわず、家康のために、手を打って祝してしまった。

「さすがは家康。よくも逸早く、ツナギ城へ引き取って、誇ることなく、城門を閉じたことよ。さてさてモチでも網でも捕れぬ男ではある。……だが見よ、やがて、幾年か後には、その家康に長袴をはかせて、秀吉のまえに、礼をとらせてみせるであろう」