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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
10 第十分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页
昇階の御沙汰は、すでに内示されていたが、勅使は公式の伝達に下向したものである。
拝受の後、二日間、勅使饗応の盛儀が催された。日ごろ質素な浜松の城中にも、猿楽の鼓や笛の音が聞え、城下の庶民も、餅など搗いて、共に、国主の栄を祝った。
帰洛の公卿行列を見送るとまもなく、浜松には、師走の風景が訪れていた。歳暮の市は、年ごとに殷賑を呈した。ここにも、増大してゆく国の富強が見られ、むかしを知っている市の古老は、
「おらが子どもの時分は、餅はおろか、稗粥も見られねえ正月が、何年もあったもんだが……」
と、隔世の感を喞って、ようやくここも華奢ならんとする町の風を戒めるのであった。
だが、城市のまん中にある厳めしい官衙には、泣く子もだまるという怖ろしいお奉行が住んでいた。外は他国の諜報策動に、内は市民の道義と起居に、いやしくも法縄を飾り物にはしていない。正邪断明、罪あきらかなれば厳科に処し、家中の士とて仮借はなかった。奉行は本多作左衛門重次であった。
その頃、岡崎、浜松あたりの童歌にも、
ほとけ高力
鬼作左
どちへんなしの
天野三郎兵衛
と、謡われたほど、鬼作左の名は、士民の中の“怖いおやじ”を代表していた。