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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

彼と、高力左近と、天野康景の三人は、永禄以来、その職をうごかず、徳川家の三奉行といわれていた。鬼作左は、峻厳をもって聞え、仏高力は仁者として親しまれ、天野は、中和の人という定評だった。――どちへんつかずというのは、三河の方言で、どちらにも偏せぬということらしい。

その鬼作左が、ひと頃、目かどを立てていた上方方面から出た流言も、歳の暮には、いつか下火になっていた。

信雄卿が殺された……などという浮説は、家康が一笑し去ったように、明らかな浮説に過ぎぬものであったことが、やがては、自然に分っていた。

正月を前にして、京から、南洋の九年母というものを献上した者があって、その入荷が、浜松の城へ着いた。

「これは、支那やわが邦でいう九年母とはいささか違う。南蛮蜜柑ともいう木の実であろう」

などと城中でも珍しがったが、美味なので、家康はこれを百顆ほど分けて、先頃、二女の徳姫の嫁いだ北条家へ送った。

ところが、北条家の役人は、これを橙だとばかり思って、

「浜松には、だいだいが珍しいとみえる。小田原にはこんなにあるということを知らせてやれ」

と、時を措いて、本物の橙を、役夫八人にかかせるほど献じて来た。