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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

このとき、四家老のひとり、滝川三郎兵衛雄利だけは、伊賀の上野にいた。

彼は初めから、他の三家老とはべつに、独自な行動をとり、信雄に向っては、逸早く、秀吉と会合の折の真相を告げていたので、信雄から猜疑されることはなかった。

従って、三家老が長島へ召された折も、彼のみは、名が洩れていたわけである。そして間もなく、伊賀の上野にも、三老職が殺されて、各居城は、信雄の派兵が、直ちに奪り上げてしまったという沙汰が、疾風のように聞えていた。

「――こうしてはおられぬ」

三郎兵衛はすぐ旅支度して、大坂へ立って行った。

これは彼として、一見、奇異な行動のようであるが、主人信雄と秀吉との開戦が目睫に迫ったと知るとたんに、彼が、はたと当惑したのは、羽柴家へ人質として取られてあるひとりの老母の身であった。

――が、幸いなことに、その老母は、秀吉の家臣で、近ごろ世に評判されている賤ヶ嶽七本槍の勇士の一名、脇坂甚内安治の家に預けられていると人伝てに聞いている。

そこで彼は、

「開戦の前に、何とか、母者人のお身をこっちへ――」

と、一ト思案きめて、急に旅立ったものらしかった。

大坂の殷賑は、三郎兵衛の眼を驚かした。