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しんさいゆうき

新西遊記

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第十九号新春小説集」1950(昭和25)年12月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,654 字 · 52 页

青空文庫

海の行動は傑出している。

玉井喜作は山口県三井村の出身というほか、経歴はなにひとつ知られていない。郡司大尉の千島探検隊の出発から遅れること十カ月、福島中佐が単騎旅行を終えようとする明治廿六年の十二月、イルクーツクでロシア人の茶の隊商に加わり、福島中佐と逆コースをとってシベリヤ徒歩横断の旅行にのぼった。

その頃、シベリヤ経由の茶の隊商の旅行は、寒気、プルガ(暴風雪)、狼群、流賊との戦争、ペスト、大飢餓というぐあいにあらゆる災厄の要素がそなわっていて、その隊商もポーランドの国境に着いたときは、四百五十人の人間が三分の一になっていたということである。玉井喜作は最後まで隊商から離れず、歌にもうたえないような一万五千粁の旅行をつづけ、翌々、廿八年の二月に独逸へ入り、ベルリンで Karawanen-Reise in Sibilien(「西比利亜征槎旅行」)という本を刊行した。イルクーツクからトスムスクまでの千八百粁の見事な素描は、欧亜をつなぐ茶の隊商の生活を知る唯一の文献だとされ、独逸地理学協会の紀行文庫へ収録されたが、当の玉井喜作はそれっきり欧羅巴のどこかへ消え、その後誰も逢ったものはない。