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りょかんについて
旅館について
山本 周五郎
「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,912 字 · 16 页
私は眼がさめてしまい、喉の渇きに耐えかね、蚊を追う煩にも耐えかねた。北側の廂の間に燭光の弱い電燈がついている、やむを得ない、私はそっちへいってみた。だが誰もいなかった。まえに来たときはあんなに親切で、ゆき届いた女中さんがそこに泊っていてくれた。だがいまは誰もいないし、サービス用の器具も調度もなく、がらんとして人間のいたけはいさえない。私は渡り廊下のほうへいって、「のぶさーん」と叫び「くにのりー」と叫んだ。云うまでもないことだがあたりは寝しずまっていて、返辞のへの字もかえってはこない。私は大広間へ戻り、やけ酒を飲もうとした。私は酒豪という虚名をいただいているけれども、ウィスキーをストレートでは飲めない、水で割らなくてはだめなのだが、その水なるものがないのである。
「こう暗くっちゃしようがない」と私は呟いた、「まずでんきをつけよう」
私は伸びあがって電燈のスイッチを捻った。電燈はつかない。他のほうをこころみたがこれもつかない。明らかに元スイッチが切ってあるのだ。暑くて汗が垂れるし蚊が集まってくる。私は元スイッチを捜しにかかった。旅館でも料亭でも、元スイッチのあるところはおよそきまっている。