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にちにちへいあん
日日平安
山本 周五郎
「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,297 字 · 56 页
北面に正門。西に馬入れの門。三方に築地塀を廻らし、南側の濠に沿った一方だけ黒く塗った柵になっていた。柵の内側は杉の深い林で、その杉林が邸内の半ばを占めている。築地塀の外からもそれらの梢が高く、くろぐろと夜空をぬいているのが見えた。十郎太は濠に接した築地塀の端までゆき、そこから柵のほうをのぞいた。濠は両岸を石で組んだ幅二間ばかりのもので、かなり豊かな水が音を立てて流れている。風のない暖かい夜で、さあさあというその水音が、杉林にひっそりと反響していた。
「ここから入るんだが」と十郎太が柵の一部を指さした、「――貴方も入ったほうがいいでしょう、人が通ってみつかるとうるさいから」
菅田平野は頷いた。
柵の一本が動くようになっている。たぶん粛清派の仲間がひそかに出入りしたのであろう、菅田平野はそんなふうに想像しながら、十郎太のやりかたをまねて、柵の中へ入った。
「ここで待っていて下さい、いちおうようすを見て来ます」
十郎太はそうささやいて、杉林の中の踏みつけ径を向うへ去った。菅田平野は待っていた。あたりはまっ暗で、湿った空気は重たく杉の匂いがした。
「おれはさないぞ」