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にちにちへいあん
日日平安
山本 周五郎
「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,297 字 · 56 页
彼の頭はまだ怒りのためにいっぱいで、他人の事に関心をもつ余地などなかったのである。
「用はなんですか」
「えへん」とその男はまた脇差をひけらかし、それからちょっと媚びた眼で十郎太を見た、「まことに申しかねるが、懐紙をお持ちなら少々お分け下さるまいか」
十郎太は黙ってふところから懐紙を出した。相手はそれを受取ると、礼を云いながら、すばやくその紙で抜身の七三のあたりを巻いた。十郎太はそれでもう用はないと思ったのだろう、そのまま道のほうへ去ろうとした。そこで男はあわてたようすで、うしろからまた呼びとめた。
「その、まことになんですが、その」
「まだなにか用ですか」
「はあ、じつはその」と男は云った、「――ごらんのとおり私は、切腹しようと思うのですが」
「そうですか」と十郎太が云った。
「そうなんです」と男が云った、「――それであれです、じつに恐縮なんですが」
「介錯をしてくれとでもいうんですか」
「そうです、つまり」その男は頷いた、「――もし願えたら介錯をお頼みしたいんですが」
「いいでしょう」
十郎太は戻って来た。その男は十郎太を見た。十郎太は刀を鞘ごと取り、下緒をはずして襷にかけた。