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にちにちへいあん

日日平安

山本 周五郎

「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 28,297 字 · 56 页

青空文庫

その侍は手籠のような物を持っていたが、出て来るとそれを下に置いて、土蔵の観音開きを重そうに閉め、それからいま置いた手籠ようの物を持って、雨の中を跳ぶように去っていった。

彼がぼんやりとそんなけしきを眺めているところへ、黒藤源太夫が出て来た。年は四十三、四、肥えてはいるがひき緊った精悍な躯つきだし、眉の太い、眼の大きい、厚い唇をきつくむすんだ顔つきも精悍にみえた。源太夫は坐ると同時に懐紙を出し、かっと喉を鳴らして唾を吐いた。そのとき六時を知らせる時計の音が聞えた。

源太夫は話を信じた。その顔の表情の変ったことで、話を信じたことが明瞭にわかった。

「井坂といいましたか」源太夫は膝の上の手をぎゅっと握った、「――そんなはずはないのだが、名前はなんといいました」

「名は云わなかったようです、なにしろ縁の下で聞いていたものですから」と菅田平野は云った、「――あとから来た一人が、江戸へゆかれるのではなかったのか、ときいていましたが、これは寺田という男のようでした」

「ほかに聞かれた名がありますか」

「うろ覚えですが、――そうです、広瀬、島口、それから」と菅田平野は首をひねった、「――保田、いや保川でしたかな、寺田というのは二人いたようです、それと、関口とか八田などという名も聞えました。