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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 页
処がドイツではカントが、この悟性乃至理性の権威をば、恰も悟性乃至理性自身の自由=自律の内に求めることを創案する。自由は茲で単なる経済的・政治的・自由として受け容れられずに、悟性乃至理性の自己自由として、正に文化的自由にまで蒸溜されて受け容れられる。自由主義はカントによって、このプロシア的世界市民の頭脳によって、文化的自由主義にまで「哲学化」される。政治的行動の自由の代りに、哲学的思弁の自由が、社会に於ける自由の代りに、観念に於ける自由が、この時以来ドイツ古典観念論の中心課題として導き入れられたのである。啓蒙はこうして第一に文化的自由主義に帰着する。
カント自身の啓蒙の観念が、最もよくこの消息を物語っている。「啓蒙とは何かの問題に答える」という有名な文章で、彼は啓蒙に就いて定義を下してまず云っている。「啓蒙とは理性が自業自得で陥っている未丁年状態から解放されることだ」と。理性が自分自身成熟する自由を持っているに拘らず、なお未丁年状態に止まっているのは全く理性自身の責任だというのである。ドイツ資本主義の後れた発育が理性を未丁年状態に引き留めた責任者などとは決して考えられていない。