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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
――現代日本に於ける日本主義・ファシズム・自由主義・思想の批判
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 263,376 字 · 511 页
処が社会学的な常識によると、社会の階級的区別は、要するに学校にA組とB組とがあるような意味でのクラスの区別でしかない。階級の対立などは精々全く偶然な出来ごとで、市民社会の本質でも何でもない。だから社会はA組とB組との総和であり(対立ではなくて和だ)、大衆は治者と被治者との公平な総和だ。治者と被治者とを加えたのが大衆だから、大衆は両方の協調であるわけだが、同時に、どっちが支配するかということも決っているわけだ。被治者が支配をする道理はないからである。――かくて進歩性と階級的対立とはまるで無関係なものとなり、進歩は挙国一致の進歩(又は人類の進歩)になって了うのだ。
治者と被治者との対立はなくて、治者の支配しかないのだから、現象の表面に出て来るものは無論治者だけだ。そこで今進歩には何か対立物が要るということを思い出して、何とか対立物らしいものをこの社会の内に発見しようとすると、この大衆の眼には治者同志の対立しか写らぬ。既成政党の没落とか、新官僚の台頭とか議会政治の衰亡とか、自由主義の行きづまりとか、重臣ブロックの排撃とか、機関説による政府攻撃とか、統制派のブルジョア化に対する行動とか、そうしたものが大きな唯一の対立になって見える。