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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池寛『日本合戦譚』。同一底本的分册已合并为一书。收入:姉川合戦、厳島合戦、川中島合戦、田原坂合戦、長篠合戦、賤ヶ岳合戦、碧蹄館の戦、島原の乱、山崎合戦、鳥羽伏見の戦、大阪夏之陣、真田幸村、応仁の乱、四条畷の戦、小田原陣。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 页

青空文庫

曰く、「寺沢家の支城富岡では、宗徒鎮圧の為に三宅藤兵衛を大将として、上津浦の近く島子志柿辺まで軍勢を指し向けたから至急に加勢を乞う」と。

そこで、長崎進撃を差置いて、四郎千五百を率いて天草に渡り、上津浦の人数と合して三道より進んだ。島子の一戦に寺沢勢を敗走せしめ、本戸まで追撃して、ついに大将藤兵衛を、乱軍の中に自刃せしめた。何しろ、島中の人民はほとんど総てが信徒なので、征討軍が放つ密偵は悉く偽りの報告を齎すから、まるで裏をかかれ通しである。

十一月十九日、寄手の軍は富岡城を攻めた。総軍一万二千分って五軍となす。加津佐の三郎兵衛、口野津の作兵衛、有馬の治右衝門、千々岩の作左衛門以下千五百人、有家の監物、布津の大右衛門、深江の勘右衛門以下千二百人、大矢野の甚兵衛、大矢野の三左衛門以下二千五百人、本渡の但馬、楠浦の弥兵衛以下二千人、上津浦の一郎兵衛、下津浦の治右衛門、島子の弥次兵衛以下三千七百人、部将皆郷士豪農の類である。総大将四郎時貞は相津玄察、下津浦の次兵衛と共に二百の麾下を従えて中軍に在った。陣中悉く白旗を掲げ十字架を画いた。「山野悉く白旗に満ち、人民皆十字架を首に懸けるであろう」