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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池寛『日本合戦譚』。同一底本的分册已合并为一书。收入:姉川合戦、厳島合戦、川中島合戦、田原坂合戦、長篠合戦、賤ヶ岳合戦、碧蹄館の戦、島原の乱、山崎合戦、鳥羽伏見の戦、大阪夏之陣、真田幸村、応仁の乱、四条畷の戦、小田原陣。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 页

青空文庫

四条畷の戦

建武中興の崩壊

中島商相が、足利尊氏のために、災禍を獲た。尊氏の如く朝敵となったものは、古来外にも沢山ある。朝敵とならないまでも、徳川家康以下の将軍などは、それに近いものである。殊に温厚そうに見える二代将軍秀忠の如き、朝廷に対して、悪逆を極めている。

だが、尊氏丈が、どうして百世の下、なお憎まれ者になっているか。それは、純忠無比な楠公父子を向うに廻したからである。尤も、中島商相を弾劾した菊池中将(九州の菊池神社を中心として、菊池同族会なるものあり、中将はその会長である。自分もその会員である)の先祖たる菊池氏も亦、五百年間勤王一途の忠勤をつくした家柄で、山陽をして「翠楠必ずしも黄花に勝らず」と云わしめたが、活躍の舞台が、近畿でないから、楠公父子の赫々たる事蹟には及ばない。今、四条畷の戦いを説くには、どうしても建武中興が、如何にして崩壊したかを説かねばならない。

元弘三年六月五日、後醍醐天皇は王政復古の偉業成って、めでたく京都に還幸された。楠正成、名和長年以下の凱旋諸将を従えられ、『増鏡』に依ると、其の行列は二条富小路の内裏から、東寺の門まで絡繹として続いたとある。