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あねがわのかっせん

日本合戦譚

菊池 寛

菊池寛『日本合戦譚』。同一底本的分册已合并为一书。收入:姉川合戦、厳島合戦、川中島合戦、田原坂合戦、長篠合戦、賤ヶ岳合戦、碧蹄館の戦、島原の乱、山崎合戦、鳥羽伏見の戦、大阪夏之陣、真田幸村、応仁の乱、四条畷の戦、小田原陣。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,771 字 · 313 页

青空文庫

三、鹿児島に割拠し、全国の動揺を窺った後、時機を見て中央に出るか

この三つより他に無いと見た。之に対して官軍の方略は、敵がその何れの策に出づるを顧みず、海陸より鹿児島を攻むるにありとした。更に地方の騒乱を防ぐ為に、各鎮圧をして連絡厳戒せしむる事にした。以上が山県の策戦であるが、山県の想定に対して、薩軍はその第二想定の如く堂々の正攻法に拠ったのであった。

薩軍、軍を登する前に隆盛の弟西郷小兵衛が策戦を論じた。曰く「軍を三道に分って、一は熊本を囲み、一は豊前豊後に出でて沿海を制し、一は軍艦に乗じて長崎を襲う」と、云うのだ。処が桐野利秋が反対して、

「堂々たる行軍をしてこそ、天下風を望むであろう。奇兵なぞを用いなくとも、百姓兵共、何事かあらん」と云ったのでそのままになった。小兵衛出でて「薩摩隼人をして快く一死を遂げしめるのは利秋である。また薩摩隼人をして一世を誤まらしむるものも利秋である」と嘆じたと云うが、これは確に、後に至って何人も想い当った事に違いない。

東京政府の狼狽は非常であった。三条実美、伊藤博文等は平和論を主張して居たし、朝廷にても、有栖川宮熾仁親王を勅使として遣わされようと云う議さえあった。