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つきのまつやま
月の松山
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 页
坂を登りつめた孝也は、道から松林の中へ入ってゆき、枯草の上へ腰をおろした。そこは北向きなので枯草の根にもまだ青みはみえない、前方はなだらかな斜面になっており、低くなってゆく松林の向うに栂ノ庄村の一部と、小高い丘の上にある茂庭家の築地塀が、白く、城館のように堂々と眺められた。孝也は立てた膝頭に肱をつき、両手で顔を掩った。
「百日――」と彼は呻いた、「百日か」
松の梢で小鳥が鳴き騒いだ。顔を掩った両手の指が(苦悶のため)鈎のように曲り、やがて嗚咽の声がもれた。それはぞっとするほど絶望的で、圧しひしがれるような響きをもっていた。
約半刻ほどのち、茂庭家へ帰った孝也には、いつもと変ったようすはなかった。
茂庭邸は栂ノ庄村の北端の台地の上にある。石段を登ると古い長屋門で、門を入ったところに巨きな老杉が二本、広い前庭と屋敷ぜんたいを圧するように高く梢をぬき、逞しく枝を伸ばしている。武家造りの母屋と、それに続く道場は茅葺きで、門人や召使たちの住む長屋は葺きであった。
「お帰りなさい」
孝也の姿を認めて、道場の臆病口から西秋泰二郎が出て来た。稽古着のままだし、木剣を持って、おもながの眉の濃い顔に、活き活きと血が浮いていた。