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つきのまつやま

月の松山

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,451 字 · 41 页

青空文庫

五

ものだ、あのとき感じた嫉妬を忘れるな、もっと卑しくなれ、もっと、――あの泰二郎のやつ」孝也は枕の上で頭を振った、「なれるとも、いくらでも卑しくなってみせる、救いのない悲しみよりも、軽蔑のほうが桂にとっては楽な筈だ、そしておれのためにも」

つむっている彼の眼尻から、枕の上へ、涙が糸をひいた。喉が嗚咽で詰った。

孝也は眼にみえて変りだした。

特に泰二郎へ稽古をつけるときの、烈しさと仮借なさとは徹底的で、少しでも気にいらないと、頭ごなしに罵倒するし、泰二郎がどんなに疲れても、自分で納得するまでは稽古をやめさせなかった。もちろん自分だけが相手をするのではない、庄司勇之助、益島弁三郎、宮原忠兵衛の三人にも代る代る相手をさせ、付いていて辛辣に手直しをする、しかも日の経つにしたがって、自分が木剣を取ることは少なくなり、大抵のばあい三人に相手をさせた。そんなぐあいなので、泰二郎はしだいに過労が重なり、四月にはいると躰力の消耗がめだってきた。

五

泰二郎は音をあげなかった。彼は意地になっていた、「倒れるまでやってやるぞ」と思っているようであった。しかし三人は見るに耐えなくなったらしい、或る日、かれらは泰二郎の相手をすることを拒んだ。