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げつめい

月明

豊島 与志雄

「新小説」1921(大正10)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页

青空文庫

十

咄嗟に隣りの室へ飛び込んだ。

「姉さん、姉さん!」

釣手を引き切られて落ちてきた蚊帳の下から、漸く匐い出して来た姉は、彼の様子を見てはっと身を退いた。それを構わず、彼は腕に縋りついていった。

「姉さん!」

息がつけないのを、むりに云い進んだ。

「恐いから、こつちへ寝かして下さい。」

姉も慴えていた。何とも云わないで、隣の室から彼の布団をずるずる引張ってきた。耳を澄しながら、間の襖をそっと閉めた。

「蚊帳をつっちゃいけません。」

云い捨てて彼は布団を頭から被った。

蚊帳を片付けていた姉は、俄にそれを向うへ投り出して、布団の中にもぐり込んだ。夜着の下から、震える手先を伸して彼の方へ縋りついてきた。

十

彼はどうしてもその理由を云わなかった、云えなかった。

毎晩、姉と同じ室に床を並べて、蚊やり線香をたいて寝た。けれども、夜中に時々魘された。昼間も遠くに幻が浮んでくることがあった。

「自分でも分らないのなら、せめてお医者に診て貰ったらどう? ね、そうなさいよ。」

不気味な不安さを覚え出してる姉の手前、それをも拒むわけにはゆかなかった。無駄だと知りつつ医者を迎えた。行きたくなかったので来て貰った。