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げつめい
月明
豊島 与志雄
「新小説」1921(大正10)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,772 字 · 34 页
」
……それで分った。彼はもう我慢が出来ない気がした。口惜しかった。いきなり起き上って、次の室に飛び込んだ。
色を失った二つの顔が並んでいた。
「姉さんは、人を気狂い扱いにしてるんですね。」
見上げてる二つの顔が瞬きもしなかった。
「私は気が狂れてやしません。」
怒鳴りつけると、胸がすーっとした。同時に全身の力がぬけてしまった。其処に身を投げ出して泣いた。
肩の上に手が二つ置かれた。やさしい息が耳のすぐ側に感ぜられた。待ってみたけれど、何とも云ってくれなかった。堪らなく淋しくなった。
「云います。みんな云っちまいます。……俊子さんはみんな知ってる筈です。あの晩から、あの海に出た晩から……。」
彼は何を云ってるのか自分でも分からなかった。それでもむちゃくちゃに云い続けた。云ってしまうと、頭の中が空っぽになった。ひょいと顔を挙げると、大きく見開いた姉の眼がすぐ前にあった。姉の手につかまって、俊子が歯をくいしばっていた。
そのままじっとしていた。三人共石のようになって身動きさえしなかった。
空っぽになった彼の頭に、ぽつり、ぽつりと、正しい記憶が蘇ってきた。眼の前がはっきりしてきた。