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かき

柿

山本 周五郎

「現代」1939(昭和14)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,565 字 · 25 页

青空文庫

六

「許して呉れ、拙者は」

「知らなかった。そうだ。そう云って了えば貴公はそれで済む、……然しそれで済まぬ者がいることを忘れないで呉れ」

「走川……」

「邪魔をした」

兵馬は声を震わせながら立った。

なんという意外な結果であろう、……妙な女を引入れているという世評は事実だった。然もその女との卑しい情事のあいだに、彼は恬然として兄妹の好意を偸んでいたのだ。

――あの眼が、あの眼が。

妹を見るときの辰之助の眼が、あの眼のなかに耀いていたものが、愛情ではなかったというのか。

――見損った。

兵馬は思わず呻吟した。

六

家に帰ってからも、妹の前を逃げるようにして居間へ引籠った。……今夜牧野を訪ねるということは云ってあった、小房が様子を知りたがっていることは痛いほどよく分る。

――だが云えるか、云えるか是が。

兵馬は笑いたくさえ思った。

辰之助をひとすじに信じて来た自分の愚直さを、道化のような鈍さを、ありたけの声で笑いとばしたかった。

小房はなにも訊かなかった。

話さぬことは聞かぬといういつもの態度ではない、鋭敏な乙女の感覚は、兄の表情から事の始末を察したのである。……むろん理由は分らない、然し待っていたことが徒になったというだけは慥かだ。