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くわのきものがたり
桑の木物語
山本 周五郎
「キング」大日本雄辯會講談社、1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,815 字 · 79 页
兄を左門松太郎という。武家では双生児を嫌うので、生れるとすぐ里子にやられた。杏花亭はただ「町家」と記しているが、詳しくいうと浅草六軒町にある「舟仙」という舟宿であった。
父の忠左衛門はもの堅い性分で、留守役という社交的な勤めにいながら、酒も多くはたしなまず、たった一つ金魚を飼うという趣味のほか、碁将棋も知らないというふうだった。しかし祖父の勘右衛門はかなり道楽者だったらしい。杏花亭が記しているように、ずっと老年まで吉原や深川あたりでよく遊び、酒もつよいし、荻江一中などの俗曲にも通じていたし、虚木という号で俳諧にもだいぶ凝ったそうである。――そんな関係から「舟仙」をひいきにしたのだろう、よほど気にいったとみえて、あるじ仙吉は上屋敷の家へもちょくちょくきげん伺いに来た。またおつねという女房なども、季節の魚を持ったりして、台所へあらわれることが珍しくなかった。
悠二郎を舟仙へあずけたのは祖父の勘右衛門である。父は反対であった。なんにしたところで武家の子をあずける環境ではない、母のかな女も眉をひそめたのであるが、虚木老はさも心得たというくちぶりで、
――こいつの相貌をみるに、どうもおれに似た道楽者になるらしい、だから舟宿などへあずけるのも、毒を以て毒を制する法である。