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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
皆が馴染のパン屋から出て来る下級の生徒なぞがある。一頃教会の方で捨吉と一緒に青年会なぞを起して騒いだ連中が何となく青年の紳士らしい靴音をポクポクとさせて遣って来るのにも行き逢った。以前のようには捨吉の方で親しい言葉を掛けないので、先方も勝手の違ったように一寸挨拶だけして、離れ離れに同じ道を取って行った。
界隈の寺院では勤行の鐘が鳴り始めた。それを聞くと夕飯の時刻が近づいたことを思わせる。捨吉は学校の広い敷地について、亜米利加風な講堂の建物の裏手のところへ出た。樹木の多い小高い崖に臨んで百日紅の枝なぞが垂下っている。その暗い葉蔭に立って独りで手真似をしながらしきりに英語演説の暗誦を試みている青年がある。捨吉よりはずっと年長の同級生であった。
捨吉の姿を見ると、その同級生は百日紅の傍を離れて微笑みながら近づいた。そして、むんずと彼の腕を取った。
「岸本君――今日は土曜日でも家へ帰らないんですか」
とその同級生が尋ねた。
「だって君、どうせもう暑中休暇に成るんだもの」と捨吉は答えた。
「そうだね。もう直き暑中休暇が来るね」
遠い地方から来ているこの同級生は郷里の方のことでも思出したように言った。