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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

七

「捨吉を其処へ一緒に連れてまいりましたそうな。その時捨吉が彼女にそう申したげな。こうして姉さんと一緒に歩いていても、何処か他の家の小母さんとでも歩いているような気がするッて。彼女が郷里の方へ帰ってまいって、その話よなし。ほんとに、同じ姉弟でも長く逢わずにいたら、そんな気がしませず……」

お母さんの言出した話は、それが国の方の姉の噂であるのか、自分の遣瀬ない述懐であるのか、よく分らないような調子に聞えた。

「他の家の小母さんは好かった」と小父さんも眼を細くして笑出した。

捨吉はそこに集っている皆の話の的になった。小父さんの笑った眼からは何時の間にか涙が流れて来た。兄の下宿の方ではそれほどに思わなかった捨吉も、田辺の家の人達の前にお母さんを連れて来て見て、不思議な親子の邂逅を感知した。

七

田辺の家の周囲にある年の若い人達はずんずん延びて行くさかりの時に当っていた。捨吉が学校の寄宿舎の方から帰って来て見る度に、自分と同じように急に延びて来た背を、急に大きくなった手や足を、そこにも、ここにも見つけることが出来るように成った。大勝の御店から田辺の家へよく使に来る連中で、捨吉が馴染の顔ばかりでも、新どん、吉どん、寅どん、それから善どんなどを数えることが出来る。