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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
小父さんがあの美しい髯を自分で剃落してしまったのも、それからだ。古い写真の裏に長々と述懐の言葉を書きつけ、毎日の細い日記を廃め、前垂掛の今の小父さんに変ったのも、それからだ。石町の御隠居の家の整理を頼まれたのも、その縁故から大勝の主人に知られるように成って行ったのも、それからだ。
こうした月日のことを想い起しながら、捨吉は遠く学校の寄宿舎の方へ帰って行った。芝の山内を抜けて赤羽橋へ出、三田の通りの角から聖坂を上らずに、あれから三光町へと取って、お寺や古い墓地の多い谷間の道を歩いた。清正公の前まで行くと、そこにはもう同じ学校の制帽を冠って歩いている連中に逢った。
捨吉が学校の裏門を入って寄宿舎の前まで帰って来た頃は、夕方に近かった。丁度日曜のことで、時を定めて食堂の方へ通う人も少い。賄も変ってから、白い頭巾を冠った亭主が白い前垂を掛けたおかみさんと一緒に出て、食卓の指図をするように成った。まばらに腰掛けるもののある食堂の内で捨吉はお母さんに別れて来た時のことを思いながら食った。
日曜の夕方らしい静かな運動場の片隅について、捨吉は食堂から寄宿舎の方へ通う道を通った。