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さくらのみのじゅくするとき
桜の実の熟する時
島崎 藤村
「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页
濡れた庭の土や石は饑え渇いた水を吸うように見る間に乾いた。
捨吉は茶の間の方へも手桶を向けて、低い築山風に出来た庭の中にある楓の枝へも水を送った。幹を伝う打水は根元の土の上を流れて、細い流にかたどってある小石の中へ浸みて行った。茶の間の前を蔽う深く明るい楓の葉蔭は捨吉の好きな場所だ。その幹の一つ一つは彼に取っては親しみの深いものだ。楓の奥には一本の楠の若木も隠れている。素足のまま捨吉は静かな緑葉からポタポタ涼しそうに落ちる打水の雫を眺めた。
復た捨吉は庭土を踏んで井戸の方から水の入った手桶を提げて来た。茶の間の小障子の側には乙女椿などもある。その乾いた葉にも水をくれ、表門の内にある竹の根にも灑ぎかけた。彼はまた門の外へも水を運んで行った。熱い、楽しい汗が彼の額を流れて来た。最後に、客の出入する格子を開けて庭のタタキをも洗った。そこには白い滑かな方形の寒水石がある。その冷い石の上へ足を預けて上框のところに腰掛けながら休んだ。玄関の片隅の方を眺めると、壁によせて本箱や机などが彼を待受け顔に見えた。
花骨牌にも倦んだ頃、細君は奥座敷の縁側の方から玄関の通い口へ来て佇立んだ。