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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

奥座敷の方からお婆さんが声を掛けるのに逢った。行きかけた足を止めると、お婆さんの顔は見えなかったが、言うことはよく聞えた。

「……屑屋に売ったっても可いじゃないか……なにも書いたものをそんなに焼かなくっても……」

捨吉はどう言訳のしようも無かった。何故そんな真似をしなければ気が晴れないかということは、とても口に出して言えなかった。彼は手桶を提げたきり悄然と首を垂れて、お婆さんが言葉を続けるのを聞いていた。

「……お前さんが又、そんな巧みのあるような人なら、吾家なぞに居て貰うことは御免を蒙りましょうよ……」

それほど自分の心持が目上の人に通じないかと捨吉は残念に思った。

夕飯の時が来て細君も弘も円い大きな食台のまわりに一緒に成った。その時はもうお婆さんは他の話に移って、捨吉のしたことを咎めようとする様子はなかった。その淡黄色な、がっしりとした食台の側で、捨吉は玉木さんという人にも紹介された。

「捨さん、あなたにもまたこれから御世話様に成りますよ」

と玉木さんの小母さんは自分の旦那の顔と捨吉の顔とを見比べて言った。

お婆さんは台所の方へ立って行ったり、また食台の側へ来たりして、独りでまめに身体を動かしながら、