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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

と小母さんは捨吉にもすすめた。

哀憐が捨吉の胸に起って来た。彼は夫婦と車座になって、部屋の畳の上に額を押宛てながら、もうそろそろ年寄と言っても可い人達のかわるがわるする祈祷の言葉を聞いた。小母さんは神様に言付けるような調子で、制え難い女の胸の中を熱心に訴え、田辺のお婆さんや姉さんまで改宗させずには置かないという語気で祈った。玉木さんの方は極くサッパリと祈った。「天にましますわれらの父よ、すべてをしろしめす父よ……」という風に祈った。

次の日曜には、捨吉は表門の出入口のところで、ヨソイキの薄い夏羽織を着て出掛けようとする玉木さんの姿を見掛けた。

「玉木さん、教会ですか」

と捨吉は聞くと、玉木さんは淋しそうに点頭いて、赤い更紗の風呂敷に包んだ聖書を手にしながら築地の方を指して行った。

「お金ほど難有いものが今日の世の中にあるものかね……お金が無くて今日どうして生きて行かれるものかね……あたいは耶蘇は大嫌いだ……」

何かお婆さんは癇癪に触ったことが有ると見え、捨吉をつかまえて玉木の小母さんにでも言うようなことを言って聞かせた。年をとってもお婆さんは精悍の気に溢れていた。