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ばいしのつえ

梅颸の杖

吉川 英治

「文藝春秋 オール読物号」1930(昭和5)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,966 字 · 32 页

青空文庫

なかなか自分の訓す詩ぐらいに感動する人間ではない。

こう考えたので、

『いや、それならば、却って、御母堂のお歌によいのがある。彫るだけは、茶山がいたそう』

と、小刀をとって、杖の肌に文字を刻んでくれた。

それは、梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)の旧作であった。

山陽がまだ久太郎といった部屋住み時代、放埓の存分をやったあげく、藩の禁足を破って出奔した折に、母の梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)が、身も痩せ、夜も眠られぬ憂苦のうちに詠んだ歌で、それを茶山が記憶していたものである。

歌は――思うことなくて見ましやとばかりに後の今宵ぞ月に泣きぬる。

×

十月の半、梅※(「風にょう+思」、第4水準2-92-36)は、居れば居るほど別れがたい京都を立って、思いきるように、広島へ帰った。

杖は、その折、山陽に与えて、

『ほかに何も叱ることはないが、襄よ、ただ酒を過してたもるな。ちと、そなたの体には過ぎましょうぞ』

と、言い残した。

×

『大塩中斎殿が、ぜひ、あなたにお目にかかりたい、お誘い申してくれと、てまえの懇意な近藤梶五郎殿を通じて、二度まで言い越されておりますが、如何でしょうか、一度お訪ねあっては』