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えのきものがたり

榎物語

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1961(昭和36)年9月~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,519 字 · 67 页

青空文庫

雪ぐに育ちにしては色が黒く、背丈は高いが痩せていて、顎の張ったいかつい顔つきだった。

――ふしぎなことだ、とさわは幾たびも思った。あの山津波が来てから、あたしは人間が変ったような気がする、あのまえには自分は、いるかいないかわからないような存在だった、両親やきょうだい、大勢いた雇人たちさえも、あたしには眼もくれず、みんなそっぽを向いているようだった。

あの恐ろしいあらしの中で、父と母が初めて自分を呼んでくれた。単に名を呼んだだけではなく、のしかかって来る危険に直面して、心配のあまり狂気のようになっている声であった。妹のなかが死んだとき、おまえが代りに死ねばよかったと云われ、泣いて恨んだことがあった。しかし山津波に襲われた夜の、父と母とのあの呼び声だけで、自分が疎まれたり故意に冷たく扱われていたのでないことがわかったのだ。

――小出で助けられてから、自分の気持は慥かに変った、とさわはまた考えた。自分がよけい者であるとか、人に嫌われているなどという気持はなくなったし、自分のことをどう思っているかと、他人の顔色をうかがうようなこともなくなった。

そしてそれ以来、ふしぎに人から好かれはじめたのである。