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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
彼は神経をすり減らし、つねに苛いらと怒りやすくなった。いまもまた、無知な山そだちの女中などの、つまらない言葉が神経に障り、うっかりするとどなりだしそうな気分になっている。
「おい七十郎、きさまみっともないぞ」と彼は自分に云った。
七十郎は、もうふじこは来ないだろう、と思った。立ってゆくときのようすに、そんなふうがみえたのである。彼のほうでも、来ないほうがいいと思ったが、ふじこは銚子を持って戻って来た。すると、七十郎はまた神経が立ってきた。ずっと飲み続けで、溜っている酔いのさめるときがなく、感情が脆くなっていたのだが、自分では気づかなかった。
「おい、なにが気の毒なんだ、おれのどこが気の毒なのか云ってみろ」
「云ってもいいですか」とふじこは酌をして、七十郎を見た。云ってみろ、と七十郎は促した。
「お客さんは、わたしより古くから、殿さまを知っているって仰しゃったけれど、殿さまのことはなにも御存じないようだからです」
「おれがなにを知らないんだ」
「殿さまがわたしたちを可愛がって下さる、って云ったことを勘違いして、殿さまを女にだらしのない人だって仰しゃったでしょう、そうじゃないですか」