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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
04 第四部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,078 字 · 285 页
「――伊東さまが」
おくみは口をあけた。
「水嵩は増して来るばかりだ、私にはそれがわかる、伊東一族を亡ぼした余勢で、濁流の力は強くなる、眼に見えるようだ」
甲斐は眼をつむった。まるで、押しよせて来る巨大な、防ぎようのない、その濁流の音を聞きとめようとでもするように。それから眼をあいて、静かな調子で云った。
「私は、この堤の上へ、おまえやかよを乗せようとは思わない、おまえにはおまえとかよの生活がある、ゆくすえのことは信助に頼んでおいた、そんなことは二度と考えてはいけないよ」
おくみは眼を拭きながら、暫く黙っていて、それから低い声で云った。
「あたし、今日はどうかしているんです」
甲斐はそっと頷いた。
「あの人たちの、仲のいいところを見たからかもしれません」
「あの人たちとは」
「宮本、いいえ新八さんとおみやさんです」
甲斐はおくみを見た。おくみは泣きべそのような唇つきで、ええ、と微笑した。
「あのお二人は御夫婦になるようです」
「新八と、あの女が」
「二人はいつも逢っているようですし、今日も新八さんといっしょに来ています」
甲斐は暫くして、それはよかった、と口の中で呟いた。