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はしのした

橋の下

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1958(昭和33)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,189 字 · 25 页

青空文庫

老人は火のそばに置いてあった湯沸しを取り、手で触ってみてから、ゆっくりと茶を淹れた。

「失礼ですが」と若侍は湯呑を受取りながら、声をひそめて訊いた、「――あれが、そのときの御妻女ですか」

老人は首を振った。否定したのかとみえたが、老人は首を振りながら云った、「そうです、あれがいま申上げた妻です、まえにはしばしば、そうでなければと思ったものですが、いまではそんなことさえ気にならなくなりました、さよう、あれが命を賭けて得た、私の妻です」

若侍は河原のほうを見た。河原には靄が立っていた。明るくなった空の光りを含んで、靄は帯のように条をなし、冰った流れの上をゆるやかに、殆んど動くとはみえないほどゆるやかに、川下のほうへと動いていた。

「いかがでございますか」と老人が鍋のほうへ手を振りながら云った、「粟の粥ですが、しょせんお口には合わぬでしょうが、もし不浄とお思いにならなかったら、一椀めしあがっていらっしゃいませんか」

「頂戴したいが」と云って、若侍は湯呑を下に置いた、「人と会う約束がしてあるので、また次のことに致しましょう」

そして彼は立ちあがり、刀を持って、老人に振返った。