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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
05 第五部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,443 字 · 398 页
今度の友愛塾の問題で見ると、恋を忍んでいられるようでもあるし、さっぱりとあきらめていられるようでもあるし、ちょっと見当がつきませんね。」
次郎の耳には、大河の言葉の調子が、いかにもそらとぼけた、情味のないもののようにきこえた。かれは、しかし、そのために茶化されているという気にはちっともならなかった。大河の眼は、人を茶化すにしては、あまりにも深い光をたたえていたのである。次郎はおびえたようにその眼をうかがいながら、つぎの言葉を待った。すると大河はまた例のにっとした笑顔をして言った。
「ぼくは、しかし、あなたのとった態度が不自然だったと言っているのではありませんよ。あなたにはそれよりほかに行き道がなかったとすれば、それがおそらくあなたにとっては自然だったでしょう。ぼくは、人間の心の自然さというものは、その人のつきつめた誠意の中にあると思うんです。」
次郎はほうっと深い息をした。それは安堵の吐息ともつかず、これまで以上の深い苦悶の吐息ともつかないものだった。
二人はやがて立ちあがって、言い合わしたように富士を仰いだ。どちらからも口をきかなかった。富士は、三保で見たすらりとした姿とはまるでちがった、重々しい沈黙と孤独の姿を、青空の下に横たえていた。