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ぶけわらじ
武家草鞋
山本 周五郎
「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页
柏屋彦兵衛といい、土蔵の三棟もあり、店の者も多く、雑穀乾物や日用の品々を手びろく扱っていた。……かれの草鞋は評判がよかった、武家用のもので軽くないのが難だったが、丈夫なことは類がないから、馴れるとほかの物は履けないという、その代り打ち藁も布切も多く使うので、手間賃の割が悪くなるのは避けられなかった、しかし伝三郎にはむろんそんなことは問題ではない、自分の作った物がよろこばれるというだけで充分に酬われる、そのほかのことは全くどうでもよいという気持だったのである。老人の作る蝋燭も同じ柏屋へおさめるのだが、草鞋のうけのいいことは老人も聞いたとみえ、「これで作るはりあいが出るというものですな」とよろこんで呉れた。
「しかし評判などはまあどちらでもようございます、お心が向いたら暫くお続けなさいまし、そのうちにはまた世に出る御時節もございましょうから」
「いやこれで満足です」伝三郎は生まじめにそう答えた、「……わたくしの作る物が少しでも世の役にたつなら、生涯このしずかな山里で生きてまいりたい、卑しい、汚れはてた世間はもうたくさんです、世に出る望みなどはもうこればかりもありません、わたくしはこれで満足です」