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ぶけわらじ

武家草鞋

山本 周五郎

「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页

青空文庫

八

八

老人が昌覚寺の稽古から帰ったのは日のとぼとぼ昏れだった。家の中へはいるといねが待ちかねていたようにとんで来た。顔色が変っていたし声もおろおろと震えていた、そして今にも泣きそうな声で囁いた。

「宗方さまがお立ちになると仰しゃいます」

「……どうかなすったのか」

「なんにもわけは仰しゃいません」いねは唇を噛みしめた、「……でも、なにかたいそうお辛いことにお遭いなすったのだと思います、こんどこそなにもかも諦めたとお云いなさいました」

「だからといっておまえが泣くことはないだろう」

「でもお祖父さま、いねにはあの方がお気のどくでならないのですよ、本当になんといっていいかお気のどくで……」

老人は黙って居間へはいったが暫くすると出て来て、伝三郎のいる部屋を訪れた、かれはちょうど支度をして袴を穿いているところだった、そして老人を見ると面を伏せ、手早く紐を結んでそこへ坐った。

「お立ちだそうでございますが」老人は坐りながらしずかにそう訊いた、「……なにか間違い事でもあったのでございますか」

「なにもかも敗北です」伝三郎はおのれの膝をみつめたまま云った、「……できるだけは辛抱してみたのですが、やっぱり拙者には続きませんでした、ご親切にはお礼の申しようもありません、ご老人にもいねどのにもまことに相済まぬしだいですが、わたくしはやはり