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ぶけわらじ
武家草鞋
山本 周五郎
「松風の門」操書房、1948(昭和23)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,835 字 · 35 页
「なつかしいな」伝三郎は口のうちでそう呟いた、「……新庄でも今ごろになるとよく山へこれを摘みにいったものだったが」
望郷の想いが湯のように胸へこみあげてきた、その想いに唆られて、かれは山葡萄の蔓へ手を伸ばした。そのときである。林の向うの畑地から、「山を荒すじゃねえぞ」という棘とげしい叫びごえが聞えてきた。ふり返ってみると、二十ばかりになる百姓の娘が、ひどく尖った眼つきでこっちを睨んでいた。――山を荒す、言葉があまり烈しいので、伝三郎ははじめ自分のこととは思えなかった、娘は血色のいい頬をふくらせ、なにかを叩きつけるような調子で呶鳴った。
「そこらへ入って山を荒すじゃねえ、ここはおらんちの山だ、むやみに入って荒すと承知しねえから」
それは人間の貪欲をむきだしにしたような声つき表情だった、しかもまだ若いとしごろの娘である、伝三郎は思わず前へ一歩出た。
「拙者はここで山葡萄をみつけた、一粒二粒これを摘もうとしたのだが、それもいけないのか」
「山を荒すなと云ってるだ」娘はおっかぶせるように罵った、「……ここはおらんちの山だ、出てゆかねえと人を呼ぶだぞ」
伝三郎は頭を垂れた。